タイトル: いわきの自然・風物に接して写真撮影再開
ランナー: 会員
山本 敏和  さん 
    小学校4年生のとき、市内合唱コンクールのために何人か集められて放課後練習がありました。私らが呼ばれた理由は、「上手下手はともかくまじめに歌ってくれる生徒」と言うことだったと記憶しています。昔は真面目だったのでしょうか? そのとき練習した曲が「冬の星座」 です。当時は、オリオン座、スバル、北斗七星かも知りませんでしたが、綺麗な歌詞と曲に素直に感動しました。それが、星に興味を持つ始まりとなり、百科事典で知った1986年のハレー彗星回帰に期待したのであります。
    夜見えると祖母に教えられた、ほうき星(ベネット彗星)がネガフィルムに薄く写った中学生時代の懐かしい思い出です。大人になってからは忙しく、1986年のハレー彗星は見ることが叶いませんでしたが、その後、百武彗星、その1年後のへールボップ彗星は観望出来ました。1998年までは、旅行先で見かけた景色をカメラ手持ちで安直に撮ったり、職場でフード付きのオシロスコープ画面という味気ないものを撮影したりしていました。
    初めていわきに来た時には、私が海無し県出身であるのを知ってか知らずか、常磐線列車内の近くの席で二人のご婦人がたまたま、「いわきは海と山が有って景色の良い所」と話しあっておりまして、良い所に住めるのだなと思いました。引っ越してきて4月初めには、ラジオの気象通報で情報が流される小名浜へ行き、続いて塩屋崎灯台を訪れて広い空、海、山の風景に接し、いろいろと撮りたくなってきました。しかし、8月の小名浜花火はうまく撮れずに終わります。また、「流星雨が期待される」と報道されていた11月の獅子座流星群を初めて撮影を試みるも、流星が写野にうまく入らなくて撮れずに終わりました。
    さて、2001年 デイヴィッド アッシャー 氏により、獅子座流星群の大出現が予想され、魚眼レンズを用意して撮影に挑戦。月のない晴天のもと、いわきでも流星雨を見た方が多かったと思います。10分ほどの露光時間で数十個の流星が写りました。今考えれば、ISO感度 400のネガフィルムと開放F値4.5のレンズで写ったのですから、大変明るい火球クラスの流星が沢山出現したのだと思います。現在は、ISO 感度1万を超えて設定できる高感度のデジタルカメラが普及して来ましたので、「流星雨よ再び!」と願っています。
    カメラを持つと人は狩人のように被写体を探して動きますので、心と体の健康のために良いかもしれません。太陽、月、彗星、猫、鳥、昆虫等々良い被写体に巡り会えた時は大変嬉しいものです。