タイトル: カラカネトンボ棲む水生植物豊かな水辺
ランナー: 会員
鳥海 陽太郎  さん 
   明るく開放的な草原の中に咲くタニウツギの美しいピンクの花や、レンゲツツジの鮮やかなオレンジ色をした満開の花々がアゲハチョウを誘い、ヤブデマリの純白の花や、山裾の林に咲くトチノキの白い大きな花々も虫たちを呼んでいる。草木の茂みではウグイスが鳴き、上空をホトトギスがキョッキョッ、キョキョキョキョとさえずりながら飛び回る。ウグイスは、頭上を飛ぶホトトギスに自身の巣が托卵のターゲットにされるかもしれないということをきっと知らない。アカゲラなのかアオゲラなのか遠くで打ち鳴らす軽快なドラミングの音が山あいにこだまし、耳を澄ますとツツドリの鳴き声も。近くの林から聞こえてくるエゾハルゼミの輪唱は少し騒がしいけれど、待ちに待った初夏の訪れを告げてくれているようでうれしい気持ちになれる。ここはさまざまな生きものたちの息づく高原だ。
   水辺へと進む草原で出迎えてくれたのは、小さなサナエトンボ「コサナエ」。池には挺水植物や浮葉植物が繁茂している。これらの水生植物は、水辺で生活する動物たちに酸素を供給するばかりでなく、繁殖場所も提供しているのだろう。水面にほどよく葉を広げたヒツジグサも、トンボの格好のすみかになっている。開水面に反射して映し出された晴天の青空がキラキラと輝き、まばゆい光を放つ水面下では魚の影が見え隠れしている。池の中ほどではカルガモのつがいが泳ぎ、カイツブリの鳴き声も聞こえてくる。水鳥たちも繁殖期を迎えているようだ。花期を終えたミズバショウが葉を伸ばし、黄色い可憐なサワオグルマの花咲く水際では、産卵のために集まったモリアオガエルの重低音の鳴き声が響く。
   ヨシの葉にとまり、仲間が通りかかると突然飛び立ち、追跡し、活発に飛び回り、また戻って来る。水辺でこうした縄張り占有の飛翔を繰り返しているのは「ヨツボシトンボ」。シオカラトンボほどの大きさだけれど、ずんぐりとした体型で少し太め。挺水植物の繁茂する池沼にしか生息できないトンボで、近年の減少化傾向は著しい。雌にめぐり会えた雄が連れ立って飛ぶシーンや、雌が水面で産卵を開始すると雄がそのすぐ近くでホバリングしながら警護するシーンが観察されるなど、ヨツボシトンボはこの池を繁殖地として生活しているようだ。水辺で観察を続けていると、目の前に全身を金緑色に輝かせた美しいトンボが飛んで来た。ヨツボシトンボよりもひとまわり小さく、体型はスリムで動作は非常に敏捷。水面上のあちらこちらを忙しく飛び回り、どこにも全くとまらない。ホバリング中のところを撮影した。北方系のトンボ「カラカネトンボ」だった。隣県の栃木県ではレッドデータブックのカテゴリーで絶滅危惧II類にランクされている。山地の樹林に囲まれた池沼を生息域とし、環境に対してたいへんデリケートなトンボだ。滅多にお目にかかれない希少なトンボに出会えたことに思わず心も弾む。水面に葉を広げたオヒルムシロには、寒冷地に生息するイトトンボ「エゾイトトンボ」の姿があった。黒と瑠璃色のツートンカラーの小さなトンボ。体に瑠璃色の斑紋が配色されているのは、寒地系のトンボに共通の美しさなのかもしれない。
   野鳥の観察をする人、風景写真の撮影をする人、それぞれの目的でこの水辺を訪れている人はきっと多い。けれど、いったいどれほどの人が水辺で生きる小さなトンボの存在に気づいているだろう。
   さて、この山あいの水生植物豊かな池の所在地は、残念ながらいわきではなく福島県耶麻郡北塩原村の桧原地区。裏磐梯高原の西部にあたる。訪れたのは今年2016年6月のことだった。裏磐梯高原は、いつ訪れてもさまざまな動植物に出会えて、そのたびに新しい発見のあるところ。こんな動植物の豊かなサンクチュアリとも呼べるフィールドがいわきにもどこかにないものか探している。40年前の平藤間の藤間沼や平旧城跡の丹後沢は、まさにトンボの楽園だった。夏井川河口周辺の汽水域などには、絶滅危惧種のヒヌマイトトンボが生息していたかもしれない。生息地が発見されぬまま絶滅してしまったのか。あの頃、動植物の生息状況を正しく認識して、保護対策をとっていたなら、いわきの水辺はもっと動植物であふれる美しいところになっていたに違いない。


(リレーエッセイに関わる写真集です)
1) 山あいの水生植物豊かな池


2) 水生植物豊かな池に生息するヨツボシトンボ


3) 金緑色の輝き放つカラカネトンボ


4) 美しい瑠璃色の寒地系種エゾイトトンボ