タイトル: 青森のねぶた ——復興のシンボル
ランナー: 福島高専
荒木 憲司   さん 
    毎年夏休みは、北海道で過ごすことが多かったが、今年は、高専に勤務して最初の夏となったこともあり、趣向を変えて、青森に出掛けることにした。いわきから 560km離れた青森まで愛車をとばし、何とか最終日の海上運行に間に合った。有料観覧席は、早くから予約した熱心な観光客に占められていた。仕方なく地元の方々に交じって、少し離れた港から、ねぶたの灯を探した。上空の花火と対比的に海上に浮かぶ「ねぶた」。数百メートルも離れているとは、思わせないほど、強烈な光を発する巨大な燈籠たち。内部から湧き出す光線が複雑な三次元形状を浮き出させ、目を釘付けにする。
    ねぶたの灯に全身が吸い込まれそうになりながら、青森ねぶたの歴史に想いを馳せる。戦後、復興のシンボルであったねぶたは、日本の経済復興を象徴するように、進化を遂げていく。ロウソクから電灯へ、ハワイ出展、大阪万博、大英博物館展示と少しずつ成長を遂げ、今や国際的なイベントになった。毎年二百万人の観光客を集める日本を代表する国際的なお祭りに昇華した「青森のねぶた」は、震災後の新たな復興のシンボルだ。リンゴ園やホタテ漁が、現在のように活況を呈する前には、眠り病などの患者の祈祷、眠らずに働いた報酬としての豊作祈願など、神への祈り・平和への感謝の象徴であった「ねぶた」。
    さて、我いわき市の平和への祈りの歴史、特に神社について考えてみたい。市内には、319社にもおよぶ神社があり、4つの地区に分かれて市民を見守り続けてきた。平一中、平一小の近くの子鍬倉神社(通称:けんしゃ)の神輿祭り(いわき駅前に神輿を繰り出す)、飯野八幡神社の流鏑馬(乗馬による的射ち)、二俣神社の獅子舞、小川町諏訪神社のしだれ桜・大例祭など、4月から10月にかけて、年に一度は、お祭りが開かれる。市民からの寄付や氏子、有志による祭典だが、年々実施が困難になってきている。「近隣住民の高齢化や人口の減少により寄付が集まりづらくなっているからだと」、子鍬倉神社の上平宮司(5年前まで東京・湯島天神の宮司)が、悲しそうに語る。「でも、震災後は、地元の高校生、大学生が、神輿をかつぎに来てくれている」と目を細めて語っていた。復興を担っていく若者たちが、私の心を熱くした。まるで、心の中に、小さな「ねぶた」の火が灯ったように。