タイトル: ゴン太よ、ありがとう!!
ランナー: 会員
柏舘 健   さん 
   先月の事務局会議でリレーエッセイへの投稿を依頼され、十分考えもせず引き受けてしまった。
   当環境科学会の会報「ふぃーるど」への掲載ということで、何を書くべきか?と迷いつつ、時間も少ないため、まずは思いついた「歴史的な東日本大震災に思うこと」、「大好きな写真撮影地の被災状況」等の原稿案をまとめつつあった。
   ところがである、8月19日、我が家の愛犬「ゴン太」が突然、病気で逝ってしまった。
   ラブラドールという大型犬であったが、我が家にきて、13年と5カ月になっていた。
   今夏、吐き気や下痢気味となり、十分な食事もできなくなってしまい、3日前に犬猫病院に入院したばかりであった。肝臓が悪いと聞いていたが、まさかこんなに急に死んでしまうとは・・・・・・! 家内と犬との生活、ゴン太もまさに家族同然でもあった。
   ゴン太の死に大きなショックを受け、同時に13年間の思いが一気に溢れ出てしまった。
   このようなわけで、本誌にふさわしいかどうか?いささか疑問ではあったが、ゴン太への惜別を込め、投稿させて頂くこととした。
   思えば、ゴン太を飼い始めた最大の動機は、上の2人の子供達が大学や就職で、家からでてしまい、3番目の息子が一人となり、可哀そうだなと思ったからであった。また当時から盲導犬として社会的も活躍していたラブラドール犬そのものに関心を持っていたからでもあった。3番目の息子は、ゲームがすきで、よくPCの前に座っては、ゲームに夢中であった。ゴン太はいつも、息子の傍に座り、画面をじっとみていたものである。一緒に並ぶその後ろ姿は、まるで、仲の良い本当の兄弟のようでもあり、犬を飼ってよかったと思ったものである。また息子の反抗期のころ、私と息子がお互いに、大声を出し合ったりしたこともあったが、そのような場合、必ず二人の間に割って入ってきて神妙な顔したものであった。あたかも2人の間を仲裁するかのようでもあり、心やさしい犬でもあった。
   その後、息子も高校を卒業し、家を出ることとなり、その後の9年間は私と家内の2人だけの生活となってしまった。
   考えてみれば、この13年間、我が家のゴン太は私と家内の心の大きな支え?になってしまったような気がする。
   ゴン太は大変優しい犬であり、まず怒ることはないし、こちらが、一時的な感情で、多少乱暴に振舞ってしまったとしても、全く、根におもうことなく、いつものようになついてくるのである。
   また大型犬特有の威風堂々たる風格をもち、頼もしいと思えることもしばしばであった。
   盲導犬として教育を受けたラブは、殆ど吠えないらしいが、我が家では、夜は勿論、昼でも、外で物音がすると、腹の底から出すような声で吠え、まさに番犬でもあった。
   一方で、懲りない性格というか、はしゃぐというか、子供っぽい無邪気な犬でもあり、そのどっしりとした姿からは想像もできないギャップを持ち合わせてもいたのである。
   私の出張時や趣味の登山や写真撮影時に1人で外泊したときは、留守番役の家内にとって、本当に頼もしい存在でもあったに違いない。
   生き物を飼うということは、心がなごむものである。特に子育ても卒業し、2人きりになった我々夫婦にとって、「心の癒し」にもなったのは確かであった。
   今回亡くなってしまった原因は、肝臓病ということであった。
   しかし思えば、今年は、大震災での大きな地震が何度もあり、その影響もあったのかもしれない。
   3月下旬には、息子や兄弟のいる石巻や釜石まで、車で一緒に連れて行ったものである。
   余震も含め繰り返す大地震に、しばしば驚き、また遠方への車での慣れない旅は、犬にとってもかなりのストレスとなっていたのかもしれない。
   ここ数年は、暑い夏が来るたびに、おなかが不調になり、食べもを吐く時期があった。
   病院にいっても、原因がよくわからないまま、吐き気止めの薬を処方してもらえば、数日で回復するというパターンの繰り返しでもあった。
   今年もまた暑くなった7月あたりから、お腹の不調が始まり、恒例の不調かと安易に考えてしまったのも事実である。
   とうとう病院へも連れていかず、薬だけ処方してもらってくるという始末であった。
   だが、今考えてみると、今年はいつもと違いが有ったのも事実だ。下痢の状態が1カ月近くも続いてしまった。
   また食べれば、吐くことも時にあり、今年は薬の効きがわるいな?とも思ったこともあった。また一方では、歳のせいでもあるのか?などと勝手に思い込んでしまったのである。
   とうとう、最後には、いまだかってなかった「ご飯を食べない」という厳しい状態になってしまい、最後には、血便を出す事態にまでなってしまったのである。
   病院にいき、エックス線や超音波などの診察をしてみたが、大きな腫瘍は見だせなかった。血液結果結果から肝臓が悪いことが分かった。急性な肝臓病であれば、治る可能性が大きいとのことで、即入院、肝臓の治療をすることになった。
   ところがである。入院3目にして、ゴン太は2度と帰らぬ身になってしまったのである。
   長く、動物を飼うということは、家族と同様の愛情が生まれるものだ。ゴン太は、優しくて、頼りにもなり、頼もしい存在であっただけに尚更である。
   突然の死の連絡に、家内ともども、驚き、しばし泣いてしまった。
   病院に行き、その姿を見て、また泣き、そして家に連れてきて、また泣いてしまった。
   思えば、入院2日目の見舞時、我々の姿をみてもあまり反応もせず、じっと悲しげに見つめだけであった。動物はがまん強いと聞いている。かなりの苦しみであったに違いない。
   その姿は、悲しく、辛いものであった。
   亡くなった日は、家に運び、一晩線香をたき、大好きな芋やご飯を傍に置いてあげた。
   翌日、お坊さんに念仏をお願いし、その後犬猫専門業者の設備で焼却し、共同墓地に埋葬してあげた。
   業者の方も、お坊さんも、「このような大型犬で10年以上も生きたのは大往生です。」と慰めて頂いた。病院へ行くタイミングなど最後の対応に、悔いの残る我々にとって、せめてもの救いでもあった。
   ゴン太よ!!、13年もの間、「ご苦労さん」、「有難う」そして「安らかに」  合掌