タイトル: 金沢ひがし茶屋街及び白川郷の景観
ランナー: 会員
平川 英人  さん 

   昨年3月に福島県職員を定年退職した私は、妻と共通の趣味である旅行を年に数回楽しんでいる。歌舞伎座への日帰り旅行、会津若松、喜多方への1泊2日等近場の旅行ばかりで、遠い所への旅行には行かなかったが、10月末に金沢・白川郷のバス旅行に出掛けた。上荒川駐車に車を停めて、バスに乗り換えて一路金沢に向かった。親不知パーキングエリアでは弁当を搭載した。弁当はバイガイの煮貝、筋子が含まれているほどの幕内弁当で満足した。金沢には予定より30分前に着いて、まずひがし茶屋街を見学した。
   ひがし茶屋街は「一見さんお断り」の格式の高い茶屋が連なっていた。一軒ごとの建物はそれ程大きくはなく、瀟洒でもなかった。しかし、格子の色は紅柄で統一されていて風情はあった。道路は大谷石らしいものが敷かれていて、ここにも格調高さを物語っていた。喫茶店、食堂、みやげ物店を販売している店舗が目立った。1820年に金沢の中心街に点在していた茶屋を1箇所にまとめた街で、古い景観をそのままに維持しる苦労が偲ばれた。
   金沢駅前のホテルに一泊して翌日バスは白山スーパー林道を走った。通行料が2万1千円と驚くほど高かったが、走るほどにその価値を知ることになった。山麓ではまだ紅葉が始まっていなかったが、中腹では紅葉の最盛期を迎えていた。所々に滝があり、絶景であった。その中でもふくべの大滝は見事であった。標高差80mあり、時には道路まで水飛沫が飛んでくることがあったそうだ。最も高いところで1450mとのことだが、山頂では紅葉は終わり始めていて、中腹では今が盛りで見事であった。
   白山スーパー林道を下って白川郷に入った。合掌造りの家屋が荻町集落だけで126軒もあり、多くはその景観を生かして旅館、民宿、食堂及びみやげ物店を経営していた。庄川の河川沿いに位置しており、多くの合掌造りの集落が水力発電用のダムの下に沈むなかを奇跡的に保存され平成7年には世界遺産として登録された。合掌造り民家園隣の駐車場にバスを停めて、0の橋を渡って白川郷を散策した。まず日本唯一の合掌造りの寺として有名な明善寺に門から入ってお参りした。この家は集落の中では最も大きい家屋であった。次に展望台を目指したが、沿道沿いには民家は合掌造りが多く風情があった。20分ほど歩いて展望台に立って、集落を見下ろしたが筆舌に表せないほどの景観であった。展望台を降りて直ぐに国の重要文化財である和田家があって、家の中を見学した。天正元年(1573年)以来の家柄で、先祖は白川村が誕生したときの村長であった。生活のため使っていたのは意外と1階のみであった。2階はカイコの作業所であった。合掌造りの巨大な家屋に見えたが中に入ると思ったほど広くは無かった。
   今回の旅行で、金沢ひがし茶屋街と白川郷では人間がつくった景観の美しさを堪能することが出来た。両方の町並みとも家の向きや外装は統一されていて見事な美観を呈していた。また家と家を隔てる塀はなかった。テレビアンテナや物干し台などは一切見られなず景観の維持のために住民が一丸となって努力していた。一方白山スーパー林道では手付かず山や川の自然美を堪能できた。またバス旅行に出掛けてみたいと思った。