タイトル: ヨシを刈る想い
ランナー: 原田 正光 さん  (会員 ・ 福島工業高等専門学校教授)

   福島県民として猪苗代湖の水質保全はとても気になる。酸性の湖であったはずが、いつの間にか中性湖の仲間入りをし、そのおかげで平成14年から4年連続で日本一に輝いた。しかし、平成18年度に大腸菌群数の超過によりランク外の水質ということになってしまった。昨年10月に、枯死して堆積した水生植物からの有機物や栄養塩類の水中への回帰(戻り)を減らそうと、ボランティアによるヨシ刈りが行われた。猪苗代湖のpHが上がってきたという問題にも大変興味はあるが、私自身も別なところで「ヨシ刈り」に携わっている関係から、猪苗代湖のヨシ刈りについて少し考えてみた。
   私は現在、いわき市の上小川地区にある内倉湿原というところで、繁茂したヨシを制御する調査研究を進めている。この湿原では、流域からの畜産排水などの外部負荷により、ヨシやマコモ、ガマなどの大型抽水植物が繁茂して水面を覆い尽くし、市指定の天然記念物に指定される背景となった貴重な水生植物の生息環境が圧迫されている。湿原における抽水植物の繁茂は自然の遷移ではあるが、人為的に加わった栄養塩類がその遷移を速めたとすると、人為的に何らかの補償をして然りではないか。幸いなことに、流域の畜産も最近では行われていないことから、何らかの対策を施して指定当時に開けていた水面くらいは確保して、その後は自然の遷移に委ねる方法を模索してみてはどうかと考えている。現在、ヨシ帯の前縁部を水面下刈取りという手法を用いて制御する実験を2年間継続し今年で3年目に入るところである。
   ところで、猪苗代湖であるが、流入する栄養塩類は全窒素で年間約450ton、全リンで約35tonである。これらのうち自然由来は全窒素で46%、全リンで33%であるので、人為的な発生源からの負荷は全窒素で年間約240ton、全リンで年間約23tonであると見積もられる。
   北岸のヨシなどの水生植物群落は約80haであり、昨年10月23日に刈取りを実施した面積は0.3haであったと報告されている。私自身、猪苗代湖を研究フィールドとして刈り取られたヨシの計測は行っていないのであくまでも推定であるが、平均茎高さ4m、平均茎太さ10mm、茎密度200本/m2(松川浦や新北上川河口レベル)とすると、地上部現存量(乾燥重量ベース)は12.38kg/m2となり、今回の刈取り重量は乾燥重量ベースで約37tonになることが試算される。
   また、刈り取られるヨシ植物体中に含まれる栄養塩類の量は、季節によっても異なることがわかっている。そして、春季から秋季にかけて、窒素については含有率で3〜4%程度から0.5%程度に、リンについては0.3〜0.4%程度から0.02%程度に減少すると言われている。これは、地上部の枯死に伴い地上部に貯えた栄養を地下部に送り、翌春も萌芽に備えるための現象である。今回の刈取りは10月下旬に行われたものであり、地上部の栄養塩類量が少なくなった時期の刈取りであるので、刈取り時の窒素含有率0.5%、リン含有率0.02%と仮定すると、刈取り全量約37ton中の窒素量およびリン量はそれぞれ約0.18ton、約0.007tonと見積もることができる。
   これらの量は、刈り取らなければいずれは水中に回帰すると考えられる栄養塩類量であるが、猪苗代湖に流入する人為的な栄養塩類量に対して、窒素で約0.08%、リンで約0.03%に相当する量であり、きわめて少ないと言える。湖沼の栄養塩類を外部への持ち出す効果という点では、湖沼の表面積に比べてヨシ植生面積が小さい湖沼ではその効果があまり期待できないというのが一般的に言われている結論である。
   では、猪苗代湖のヨシ刈りはメリットがないということになるのか。そう言い切ってしまうと、多くの人の想いが込められたヨシ刈りが身も蓋もないものになってしまう。猪苗代湖の再生を願い、できるところから始められた取組みの一環であり、水質汚濁だけでなく有機質泥の堆積や古タイヤなどのごみの多さを目の当たりにして、猪苗代湖の環境保全に対する想いを新たにすることができた取組みであったと思われる。しかし、ヨシ刈りというとても大変な重労働でさえ、湖水質を改善するうえでのほんのわずかの代替に過ぎないことをしっかりと理解しておくべきであろう。流入する栄養塩類によって生産される植物プランクトンや沈水植物、浮葉植物などの水生植物がいかに大量であり、その始末が大変であるか、したがって湖内の水生植物に吸収させないようにすることがいかに重要であるかに着眼したい。そして、誰もがそう願っているように、本題である汚濁機構の解明に向けて、さらには人為的な汚濁の流入削減へ向けて、みんなでできる取組みを模索し、それを発展させていきたいものである。

いわき市内倉湿原におけるヨシ刈り