タイトル: 図鑑に寄せる想い
ランナー: 会員  大平 恭二


  環境教育プログラムの資料づくりの仕事で、久しぶりに図鑑にじっくり触れる機会に恵まれた。
  実は、私にとって図鑑、とりわけ昆虫図鑑には特別の思い入れがある。

  独身時代に私が自分の“城”として使っていた後、自宅を建て替えてからは納戸代わりになっていた離れを、高校生になった長男に開放するため、一昨年6畳1間の部屋の大掃除をした。
  「これ、何?」長男が私の目の前にぶら下げたものは、薄汚れてボロボロになった1冊の薄い本の残骸だった。古びた木製の机の引き出しの奥から出てきたと言った。私の記憶は、自分が小学校へ入る前の明るい縁側へと一気にタイムスリップした…。

  田舎の貧しい家に生まれ、とりたてておもちゃや本なども豊富に買ってもらえなかった子供時代だった。私の住んでいる地方は福島炭鉱という規模の小さな炭鉱街であった。フラガールで一躍有名になった常磐炭鉱ではないが、石炭産業が盛んな時代には私の両親も地元の福島炭鉱で働いていた。私が生まれた頃にはすでに閉山していたが、近所にはまだ炭住の長屋がいくつもあって、同級生の友達もそこに暮らしていた。当時は裕福な家庭が少なく、わが家の貧しさがとりわけ悲しいとは思わなかった。貧しいのに、今とは違う何か“元気”のようなものがあった気がする。

  そんな子供時代ではあるが、それでも歳の離れた姉が買ってくれた金太郎や猿カニ合戦、舌切りスズメなど数冊の絵本が身近にあったことを憶えている。しかし、何と言っても私の一番のお気に入りは、あの小さくて縦長のポケット昆虫図鑑だった。おそらく姉の持ち物であったであろうその本には、余白に鉛筆でかなくぎ文字の落書きがあり、表紙はおろか中身のページさえ半分以上も破り失せ、分厚いビニールテープで乱雑に補修されている。5〜6歳の私の仕業であることは明白だ。私がそれを初めて手にしたのは、もっと幼い頃だったに違いない。その後、宝物になったその本を自分で繕ったのだとぼんやり記憶している。

  田舎の暮らしだから、そこらじゅうに昆虫はあふれている。しかもすき間だらけの家には、外と同じように虫が畳の上などを這っていたりする。そうして見たり捕まえたりしたホンモノと、図鑑のイラストとを照らし合わせることが好きな少年だった。雨の日や夜などは、小さな図鑑の絵を眺めては実物を想像する楽しみも覚えた。やがて小学校へ上がり、友達との外遊びや模型作りなどの新しい楽しさに押されて、ひそかな図鑑の面白さは私の中の領域を狭めていった。しかし、その後も理科の時間や図書館などで図鑑を目にするたびに、なぜだか心が躍る性格は変わらなかった。

  それからかなりの時を経て、自分にも子供が授かった。保育士の妻はひとり身の頃からたくさんの絵本を持っていて、子供が生まれた後にもずいぶん買い足した。次男にせがまれて、寝かしつけるときに読み聞かせをしている姿を鮮明に憶えている。
  私にはひとつの計画があった。それは、かつて自分が経験したように、わが子たちに図鑑を絵本代わりに与えることだった。無理やり見せるのではなく、おもちゃや絵本といっしょにそばに置いて、自然に興味が湧くように…。私の企みは功を奏し、2人の息子、特に長男は見つけた昆虫の名前を調べたり、「あ、この虫はカブトムシと同じ仲間なんだ」などと、しょっちゅう図鑑をひっぱり出したり本棚に戻したりするものだから、お気に入りの小学館の学習百科図鑑シリーズ『昆虫の図鑑』はついに背表紙が半分なくなりボロボロになってしまった。私が古い机の引き出しにしまい忘れたポケット図鑑のように。高校生になった長男が今でもたまに図鑑を出している姿を見る。声をかけると「うん、部屋の窓に見かけないカメムシがいたもんで…」。

  さて、私自身の今に話を戻そう。
  現在、環境教育プログラム関連の資料制作について松崎会長から正式に依頼を受け、自然観察カードを作っている。昨年、会長と当会の先生方のバックアップで実施した市内某小学校の5年生の野外授業で、児童達が見つけた動植物をリストアップしたものをベースに、現地で使用できる耐水性のカードを作るというものである。表側には動植物の図のみを示し、裏側にその名前と解説を載せている。正確な同定というには少し難しいが、子供達が身近な自然に関心を持ち、自ら気づき調べる手法を身につけるきっかけとすることがねらいである。何より、野外活動の楽しさや自然の素晴らしさを認識し、環境を守り育てる気持ちが芽生えてくれればこんな嬉しいことはない。“ムシ○ング”のようなバーチャル世界ではなく、ポータブル・ゲーム機を捕虫網と虫かごに持ち替えて、実物を見て、触れて、感じてくれる子供達がひとりでも増えることを切に願っている。

  その主な基礎データとして今回採用したのが学習研究社の『原色学習ワイド図鑑』シリーズである。NPO法人いわきの森に親しむ会(湯ノ岳山荘)の蔵書からお借りした。もちろんこのシリーズだけでは情報が足りないので、他の図鑑やインターネットで検索したデータなども参考にしている。特に、水生生物では終生水中で生活するものは少なく、カゲロウなど昆虫の幼虫が多い。しかし、幼虫自体が詳述されている昆虫図鑑はきわめて少ない。川の汚れと指標生物の調査がブームになっている昨今、こうした水生生物を体系的に網羅した子供向け図鑑の登場が待たれる。湯ノ岳山荘にはほかにも何種類かの図鑑があったが、この図鑑に決めたとき、以前古内先生から教えていただいたことを思い出した。

  図鑑には、対象を写真で表わしているものとイラスト(写実画)で表現しているものがある。私は、本物に即している写真の方がよいものと考えていた。何よりも、昔は今ほど印刷技術が良くなかったためにカラー写真を用いることが憚られた結果、イラストとせざるを得なかったのだろうと思っていた。ところが、古内先生のお話によるとその逆で、イラストの図鑑がお勧めだとおっしゃった。植物も昆虫もその性質や生息環境によって変異を生ずるものが多く、個体差を考える必要がある。写真では、そこに写っているものがすべてであるが、イラストの場合は描き手が平均化して描いたり、特徴となる部分を幾分誇張して描いたりすることができるので、似ている種を同定する際に判りやすいのだそうだ。確かに、写真では光量や向きなどの条件によって実物と若干異なって写る場合がある。私も写真撮影は好きなので、先生のご指導がよく理解できた。

  『原色学習ワイド図鑑』シリーズは大半がイラストを採用しており、解説は巻末に索引式で掲載されているため、検索しやすいつくりになっている。ただ、今回使用した図書が1981年出版(初版1973年)であるため、記述内容が現在に多少馴染まないところもあった。たとえば、イナゴなど耕地付近で見られる生き物は“最近では農薬の発達により数が減ってきている”と書かれているが、現在は農薬も改良されたり使用が抑えられたりして、かつてほどではなく、秋の田んぼでイナゴ捕りをしているおばさん達の姿も復活したように思える。他にも、当時には“少なくなった”と表記されていて、現在では“ほとんど見かけない”ものもだいぶあるようだ。

  少しショックだったのは、昆虫などの発生の時期や草花の開花時期の記述である。図鑑では“4月下旬から5月上旬頃に……”というように時期が記述されているのに、現在はもっと早くから観察できるものが少なくない。温暖化による平均気温の上昇の表われではないか、と不安になった。いずれ機会があればその辺の違いについて調べてみたいと思う。

  また、こんなこともあった。
  天候にもよるが、私は毎朝約30分、距離にして3km程度の散歩をしている。幅7mの舗装道路ではあるが山間部なので、冬のこの時期、早朝には道路わきの茂みの中で小鳥たちがカソコソやっている。冬場に多いのはアオジで、ウズラやコジュケイの家族が隊列をなして突然すぐ脇を歩き去ったりすると、こちらが驚かされる。

  同じフィールドに昨シーズンあたりから、ちょっと見かけない鳥がガサガサと藪の中を足早に歩き回ったり、数羽で低い小枝を飛び交ったりしていることに気づいた。ヒヨドリほどの大きさで、からだは茶色で目の周りと後方に伸びたすじ状の白い模様が特徴だ。
散歩から戻って、手持ちの野鳥図鑑をめくってみたがどのページにも見当たらない。「もしや…」と思って脳裏に浮かんだ名前をネットで検索してみたら、案の定“ガビチョウ”だった。家の周辺でかなり派手な声でさえずるわりには警戒心が強く、間近で見たことがなかったので、あんな風に数羽が群れて道路のすぐ近くで採餌しているのは驚きだった。

  ガビチョウは中国から帰化した野鳥で、自ら渡って来たのではなく、ペットとして移入されたものが野生化した。全国的に見ると1980年頃から野外で観察されているそうだ。私の所有している2種類の野鳥図鑑(2003年7月発行、同年10月発行)にはどちらにも記載がなかった。

  広辞苑に代表される辞典や事典が改訂されるのと同様に、図鑑もこまめにアップデートが必要であるようだ。また、年代を変えて図鑑を見比べると、自然環境の変化をとらえることができるとも思った。
  それにしても、言葉の変化と同様に、昔に比べて自然環境の改変スピードがこれほど速くなったことに、私たち人間は責任を感じるべきではないかとつくづく思う。

  いずれにせよ、図鑑は楽しい。
  童話などに比べると少々価格は高いが、年齢を問わずこんなに楽しめる“絵本”はない。


ガビチョウ
八王子・日野カワセミ会HPの中のページ からお借りしました

ガビチョウの鳴き声
ことりのさえずりHPの中のページ で聴かせていただけます