タイトル: 石森山のオオムラサキ(蝶)
ランナー: 古内栄一



 平成18年8月4日、いわき市フラワーセンター内の「コナラ − ヤマザクラ」林内で、久しぶりに国蝶とされるオオムラサキに出逢った。
  戦後も間もない旧制中学生時代に、現在とはいささか植生相観の異なる石森山周辺で樹液を吸うオオムラサキを素手で捕えたことがあった。
  ばたつく蝶を手にして「こんなに強い力の蝶がいるだな」と羽ばたきの強さに圧倒された記憶が甦った。
  興奮を抑えつつしばらくの間、その行動を眺めた。
  樹液を出しているのはマルバアオダモ、樹肌の傷口からひとすじの樹液が湧き出して一本の黒い筋になっている。
  カナブンが寄ってくると翅を動かして追い払う。時々、深呼吸をするようにゆっくり翅を上下させる。
  居場所を変えるのに翅を広げたまま廻転すると触角を上下左右に動かし丸めていた口吻を樹液の方へ伸ばす。
  この日は夏だというのに涼し過ぎるのか、日光浴をするように大きな翅を広げたまま口吻を樹液にひたしている。
 8月19・20両日、フラワーセンターは植物サマーフェスティバルを計画していた。様々な催物の中で、子供達に樹林体験をしてもらうことを狙って樹名板作りの工作と樹木への取付体験を企画した。
  そのために事前の園内樹木の抽出が必要で、樹木医さんを含むプロジェクトチーム3名であれやこれやと遊歩道沿いに抽出作業をしていた。
 石森山一帯は第三紀中新世の時代、海底で堆積した地層が基盤になる丘陵地である。
  そして、約2000万年前、亀の尾頁岩層を突き破って噴火した石森山海底火山の噴出物が、硬く火山灰で固められた安山岩質凝灰角礫岩が所々に露出する地域で表土は薄く、刻まれた地形は彫りが深く、傾斜角度が35度以上の傾斜地が広く分布する。
  丘陵尾根は平均10度前後で東へ傾斜しているので、外見上は緩やかな丘陵地の印象を与えるが、一歩林内に入ると印象は覆る。
  雨水は容易に地価へ浸透せず、しかも保水力は小さい。地質構造上、亀の尾頁岩上に凝灰角礫岩が堆積しているので粘土層・砂層・礫層の互層があって、古い時代から地形の変化が起こりやすい地域になっている。
  そのために環境保全保安林域として植生の変更を極力さけて今日に至っている。
  また、表土の含有水分の多い場所と適度な含有水分の場所は、モザイク状に分布し、地下水の湧出域が散在し、そんな場所は古い崖地崩壊跡地形として観察され、崖錐堆積後にできた湿生群落になっている。
  特徴的にフユノハナワラビなどが生育するが、保健保安林経営のために人口植栽樹種が加えられ混乱している。
  このような事情から丘陵尾根部は岩塊が露出しやすい薄い土壌域なので「松しか生えない」やせ地で、僅かに赤松林時代に堆積した土壌に照葉樹林域代償植生としてのコナラ・ヤマザクラが生育し、赤松にとって替わろうとしている。
  林床は赤松床と共通のヤマツツジ・ネジキ・チゴユリが生育している。
  露出しやすい岩塊の曲型的例が石森山山頂と絹谷富士山頂部である。
  従って丘陵尾根筋が必ずしも乾燥地と限らず、沢筋に成育する性質のケヤキ・アカメガシワ・ドロノキ・ウワミズザクラ・クマノミズキ・キブシ・マルバアオダモ等が生育できるようである。
 オオムラサキは尾根筋上のドロノキに隣接して生育するマルバアオダモの樹皮傷口に口吻をさし込んで吸液していた。
  幼虫はエノキの葉を餌にして育つとされ、晩秋、4令になると樹幹をおりて落葉の裏にもぐって越冬する。
  フラワーセンターでは落葉かきをしないからオオムラサキにとって安全地帯なのかもしれない。
  ただ、エノキの個体数が少なく、幼生の餌供給は不足である。今後の課題であろう。
 樹液は樹皮直下の内皮が薄いと小さな傷でも篩部が湧き出してしまう葉で合成された糖分は、篩部を伝って樹木全体に配送されるしくみになっている。
  マルバアオダモのようにコルク層が発達しない樹木は樹皮が薄く、小さな外傷で篩部が傷つき樹液はもれてしまう。
  昆虫たちにはありがたいことだが、さいわい、石森山周辺はマルバアオダモが多い。
  エノキの量が殖えればオオムラサキは、もっと増殖するだろう。
 ついでながら、近年のカブトムシ・クワガタの流行から、クヌギ樹皮の人手による剥離行為が散見される。
  クヌギは養分の配送しくみを破壊されて数年後に枯木になる。石森山生活環境保全林でも心ない人たちの犠牲になった木を散見される。